秦野市のキリスト教の歴史について

(2019年7月秦野西教会貞弘範行牧師講演より再構成) 再構成 大井啓太郎

明治17年(1885)頃聖公会英国人宣教師アーチデヤコノ・エ・シ・ショウ師、今井寿道、吉澤直江、山縣與根二、山田助次郎の四長老、山田茂三郎伝道師等交々来たって佐藤政吉氏宅に集会を開いていたが、明治21年4月28日山本旅館に於いて佐藤政吉(聖名アブラハム、教父吉澤直江師、後監督ビカステス師より堅信礼(信徒按手式)を受けた)、中村孝道、関野秀斎の三氏が東大教授長老ロイド博士より洗礼を受け、佐藤氏方の集会を継続大に伝道に努められた。

この三氏は、一は醤油醸造家にして相模銀行を経営、而も秦野町長たり、二は印刷業者、三は医師という町の有力者で而も新進の士であった為、求道者続々起こり、信徒の増加見るべき者あり、明治29年には教会を組織し、曽屋2360番地に仮会堂を新築、日本聖公会聖路加教会として設立認可を受けた。設立者は佐藤政吉氏であったと思われる。

大正12(1923)年9月1日村岡執事時代関東大震災の時、仮会堂教師館の全部を焼失、村岡師は一時二宮に住居するの止むなきに至りしも其の不便を忍びつつ翌年従来の敷地を売り払い新たに現在の土地150坪を買い求め36坪余の聖堂と24坪余の牧師館を新築。

佐藤政吉(まさよし)氏・・・銀行家。県会議員、町長などを歴任。

以下作業継続中。

 

 

 

合同街頭賛美について

1990年12月21日、渋沢駅前で渋沢教会の大井啓太郎兄が呼びかけ人となり、賛同いただいた秦野クリスチャンセンターと行ったのが始まりでした。その後、秦野西教会が加わり、さらに秦野駅でも行うこととなり、現在に至っています。

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